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情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸 Vol.20
サロンオーナーネイリストに聞く!~はじめはみんな大変だった~


VOL.5 そして今
RYOKOネイルズスクール、サロンオーナー小橋涼子VOL.3~4続き


前回の情熱ネイル大陸から、早5か月。
こんなに月日が早く経過するなんて…皆様も同じように感じているのではないでしょうか。


10年前にえいっと開校して、沢山の生徒さんが巣立ち、
楽しかったツタのからまる四谷校、移転を余儀なくしたのは震災でした。
と言っても被害と言う被害はなく、移転するしないは本人の決断しかありません。
私が感じた揺れの恐怖を生徒さんと共有することなんて出来ない。
ただただ、それだけで移転を決めた。

「どうして埼玉なんですか?」と、皆さんに良く聞かれますが、四谷校はアクセスがよかったので、地方からの生徒さんも多かったんです。
特に埼玉県、ならばこちらから近づこう。
だけど近づきすぎちゃって、まったくわからない所(笑)
お借りしているビルは、十数年前に家人が設計した縁もあり、全く土地勘のない初めての場所でしたが、
今では赤い看板がすこしずつ馴染んできたように思います。
今はマンツーマン授業の日もあり、賑わいとは行きませんが、自宅で授業をしていた頃や四谷校のはじまりの頃もあるので、否応なしに初心に戻れます。

ツタのからまる建物だけが好きだったわけではなく、そこに集まる人たちとの時間や関係が楽しかったわけで、埼玉が少しづつそうなりつつあります。
そこにスクールがあることを知って頂き、他と違う何かを求めて集まって頂けたら、きっとまたいい場所になると思っています。

卒業したら関係が途切れてしまい、先生と呼べる人がいません。
そんな声も耳にします。
どんな時代でも人との関わりは元気にさせてくれます。
そして究極の状況は嘘と真実が見えやすい。
もやっとした関係もすっきりしたように思います。
オーナーとしては小さいけれど、「RYOKOネイルズ」と言う名の船に乗ってくれているスタッフがいるので、船もろとも沈まないように苦渋の決断もしましたが、震災前なら出来なかったかもしれないと思っています。
それもこれもスタッフが一生懸命に漕いでくれるからです。



今年の東京ネイルエキスポに向けてみんなが練習に励んでいる頃、訃報が…。
トム・ホルコム氏が亡くなったと。
彼から教わったことは「挑戦すること」…沢山の人に関わったトム、みんなそれぞれに思いがたくさんある。
今やっとトムと文字に出来るけれど、すぐには書けなかった。

トムらしいエピソードをひとつ、ふたつ。
ハワイのコンペで出場したデザインスカルプ、フリーエッジに穴を開けた私に「どうやって開けたの?」とトム。
「ミクスチュアを乗せたら爪楊枝で穴をあけ、ファイルしてからマシーンのビットだけ使ってくりくりしたの」と、私。
その大会はマシーン使用不可だったので、ビットでくりくりのあたりで。
思いっきり悔しそうなトム(笑)
トムも開けようと思っていたようで、「昨日の夜、のみやトンカチでやってみたのにー」と。

年は上だけど、技術格下の私に聞くことや、本当に悔しそうなトムとの会話は今でもはっきりと覚えています。
天才と呼ばれたけれど、努力の人だったことは日本のネイリストさんはよく御存じだと思いますが、私はトムの負けず嫌いが大好きでした。
負けず嫌いだから、セミナーでも綺麗なものを作りたい気持ちが伝わる。
おしげもなく自分の道具をあげちゃうのもトムでした。
いつだったかCカーブ用のスティックを頂いたことがありますが、今のように市販されていなく、アルミのスティックをカットして、先にファイルが巻きつけられています。
Ez Flowのウルフを剥がして夜な夜な巻いたトム。

そして「僕はこれでいっぱい勝ったよ」と。
ずっと宝物です!
世界中のネイリストに多大なる影響を与えたトム。
技術も心意気もずっと引き継がれていくことでしょう。
ひとつの大きな時代が終わったけれど、終わりは始まり。
ネイリストになって23年、沢山の出会い、挑戦することで初めてわかった頑張れば出来ると言うこと、師との長い付き合い、感謝。
若さが減ってしわが増えたけれど、このしわも大切な宝物です。

これから、どんな出会いがあるのか?
わくわくしながら、だからまだまだネイル人生終わりません!!!



小橋涼子編をご覧いただきありがとうございました。
ひょんなことからネイリストになり、サロン、スクールのオーナーになった私ですが、何かを始めるきっかけになって頂けたとしたら嬉しいです。
今後の情熱ネイル大陸はサロンオーナーだけでなく、頑張っているネイリスト、巣立っていった生徒さんの今をご紹介してまいります。
2012年が皆様にとって明るい、楽しい年でありますように・・・。
by ryokonails | 2011-12-19 20:53 | 情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸 Vol.20
サロンオーナーネイリストに聞く!~はじめはみんな大変だった~


Vol.3~Vol.4ひょんなことから講師に…。
           四谷校開校、サロンオーナー(小橋涼子編Vol.2続き)


テレビ東京はオリジナリティ溢れる番組が多いので割と見るのですが、
中でも年末年始の12時間時代劇が好き。
今はソフトバンクのお父さん犬(カイ君)の声と言わないと若い人はわからないでしょうか、
名優・北大路欣也が演じた宮本武蔵、これははまった。
12時間ずっと見ていて、終わるころには私も修行の旅に出なければと
気分はすっかり武蔵になっていた。
協会の認定講師になった頃のことである。

講師なら講習しなければ、でも教えたことなんてない。
師にそんなことを伝えると
「じゃあとりあえずエプロンつけてスクールにいて。」
そう、まさに実習である。

そんなある日うちにやってきたラブラドールのすい。
3か月の子犬でしたが、大型犬を飼うのは初めて。
そこでしつけの勉強とトリマーの勉強のため、スクールに通うことにした。
何もわからない事を習うとはこう言う事なのか、と驚くことばかり。
スクールで道具をすべて言うがままに揃えて、しばらくしてすごく高かったのにびっくりした。
だから私は道具で儲けようとは思わない。
そんな事でスクールとの信頼関係を失いたくない。

初めての授業はコリー犬の毛玉とり、二人でやって4時間もかかった。
立ちっぱなしのわんこに「ごめんね~」と思いながらしばらくしてわかったことは、
なんとこのコリー犬、お客様だったのだ。
送迎サービスのあるこのサロン&スクールは、お客様犬を生徒にやらせお金も頂いていた。
預ける方は長い時間預かってくれるのがいい場合もあるし、そしてわんこはしゃべらないし…。
仕事は責任持って紹介すると言っていたスクールだったけど、
どうも紹介するほどオーナーにキャリアがないような…。
ペットスクールで感じたことは、ネイルを習おうとしている人も感じることなんじゃないだろうか。
だったらすべて逆をすれば、いいスクールになるのではないか?

教材は業者価格で購入できて、ちゃんと就職先を紹介して、講師に実績があって…。
そんな事を漠然と考えながらトリマーの勉強をし、子犬と戯れ、自宅サロンを時々やっていた頃。
スクールで仲良くなったY子ちゃんのつてで、ネイルを習いたいという人へと繋がるのである。
当時私はアートが苦手で、と言うより爪に絵を描く意味がわからず。
もともと爪の形を整えたり、形成したり、形づくりからネイルに興味を持ち、
つまりはスカルプチュアをやりたくて入った世界だった。
しかし教えるとなると、そうも言ってられない。
だからコンペであえて苦手なものをトライした。
初めて10本描いたアートは3位を頂くことができた。
苦手だからこそ人と違うもの、色や細い線など工夫をするしかなかった

赤い点はハイビスカスのめしべのつもり、そう花が描けなかったのです(笑)
60分のフラットアート、テーマはハワイ、初めてのアート。
3位を頂いたこともびっくりだったが、
「そうか表現なんだ。だからアートなんだ。」
と、この時ネイルってやっぱり楽しい、こんな私でも評価してもらえるんだと嬉しくて、
この経験から自分らしいアートで大会に出ていくのである。




天才でもなく努力の人でもなく、目の前の課題を私なりに一生懸命やること、経験を伝えること、
生徒さんに「講師って」と教えてもらいながらネイルスクールの先生になったのである。
紹介で少しずつ生徒さんが増えてきて、一人では限界がある。
でもみんな個性がちがうし私に求めているのはマンツーマン、ネイルスクールが多くなってきても、
遠くから、本当に遠くから来て頂いた。
こんな自宅なのに仙台とか神戸とか、東京駅からさらに1時間半…。
横浜あたりに泊まって2日授業をうけて頂いたり。
そしてコンペで入賞する生徒も増えてきた。
自分も出ていたことがみんなをコンペへと向かせたのであろう。
サロンをオープンする生徒の相談に乗ったりしていたが、自分が出店しようとは思わなかった。
若い女の子は無条件でかわいいけれど、
オーナーになると大変なんだろうなーくらいに思っていた。
だからサロンオープンはずっと後のお話。


ある時、ひなちゃんが「おかん、四谷にいい物件があるよ」と。
建築設計をしているので時々そんな話があるらしい、ふーん。
聞けば築40年強の木造一軒家で、大幅な改装が必要らしい。
何かの帰りに「この近くだから見ていく?」と言われたけれど、車から降りずに、
「ふーん、ひながそんなに良いというのなら間違いないから借りといて。」
と私。

韓国のコンペで引退しようと思っていたので心はそっちにあり、細かい事は考えられず。
だから中は見ていない。
「先生はひょんな事柄が多いですね。」とこのブログを見た方から言われることがあるけど、
そんなもんです。
じっくり考えても上手く行かない時は行かないし、行くときは行く。
思いっきりも必要だし、信じることも大切だと思う。
私も石橋もたたかず、「わー渡れちゃった!!」というわけではないし(笑)


さて、スクールを四谷に移し、従業員も増え、生徒数も増えた2年後。
またひなちゃんが「おかん、恵比寿でいい物件があるよ。」と…。

この時もサロンオーナーになる気はなく、でもこれをきっかけに考えるようになった。
生徒さんに就職を紹介していて、合うサロンと合わないサロンがあるということ。
聞いていると女性のオーナーは気まぐれ、自分勝手。
オーナーの知り合いを連れてきてスタッフに安くやらせ、なんでこんなに売り上げが悪いのと言う。
一方、男性オーナーはネイルがビジネスになると始めたが、
やれ何でこんなに道具が高いだの、もっと安い材料を使えだの言う。
その頃、大会等で小さいながらブースを出していてほとんどスタッフと生徒さんでやっていたので、
ブース感覚ならみんな楽しいのかも?
金銭的な余裕はまったくないけれど、自分が育てた生徒さんの居場所は作らなければ、
すごく中途半端になる。
店長を置かないブースのようなサロンとして、2003年3月ネイルサロンオーナーになった。


雇う側が思うこと、雇われる側が思うことが、これで少しだけわかったような気がする。
後にティーチングサロンとして定価の半額にてスタッフが実習生を教えながらお客様に入ることを
思いついたのは、ペットスクールの経験からである。
経営としては半額は厳しいけれど、
ネイルスクール生が増加した今実習することが必要であると思っている。
生徒さんだけで安く入る事は、あのペットスクールと同じ事になる。
(あっ、ペットスクールは生徒がやっているのを知らないで定価だった!)

自宅から始めた私がこんな風にネイルスクール、ネイルサロンのオーナーになったけれど、
経営、未曽有の大震災、今思うこと、これからのこと…。
このページをご覧頂いているサロンオーナーさんときっと思いは一緒、
等身大だからこそわかりやすいのだと思います。

次回は最終回・Vol.5へ続く…。
by ryokonails | 2011-07-01 10:52 | 情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸 Vol.20
サロンオーナーネイリストに聞く!~はじめはみんな大変だった~


vol.2 アクシデントだらけの海外大会(小橋涼子編Vol.1続き)


グランドチャンピオンは誰の手に…ドキドキしていた。
心臓が飛び出るどころか、完全に出てぶらさがっていた。
勉強でも、運動でも1位になんかなったことなかったから。


小学生の頃、一番遅い組の50メートル走で2位になったことあるけど、足や腕を怪我しているけれど走れるという組でのこと。
1位は松葉杖の男子だった、もちろん私はどこも怪我していない(笑)
だから初トライしたコンペで1位になるなんて、ビックリしすぎて言葉が何もでなかった。
チャンピオンのご褒美、LA&NY、全くテンションが上がらず楽しい観光で戻った
普通ここから人生が変わるはず。

しかし、やる気があるんだかわからない私に突きつけられた現実は、働いていたエステが業績不振で閉店。
あんなに嫌いな練習もして、チャンピオンも取ったのに解雇通知とは…。
やる気は失わなかったけれど仕事がない。
フリーで頑張るしかないとチラシを手作りして、当時の住まい近くにポスティングした。
ちなみにその住まいは、主人の一人暮らしのマンションで新居が決まるまでちょっとだけ住むと案内されたのですが、
「まさかここ曲がらないよね??まさかここに車止めないよね??」と、ドキドキしていた。
やっぱりここか?
なんとそこは三行半を突き付けられた元彼の会社が入っているビル…。
元彼2階、今彼6階。
知られる前に今彼には言ったところ、「へー偶然ってあるんだね」と冷静。
2か月もすると元彼の会社がなぜか移転した(笑)

さてチラシを1000枚配って連絡頂いたのが、2名。
でもこの2名の方とご紹介の2名、4名のお客様で十分に1か月のお給料を確保できた。
サロンがない分、ネイルに興味のある方はセレブの方も多く、料金も高かった。
ホテルのバーバーショップで、マニキュアリストの募集広告を見て働きだしたのもこの頃。
お客様は勿論男性オンリー。
男性の爪を切るためにネイリストになりたかった訳じゃなかったけれど、このバーバーは永田町のホテルにあったので、お客様は政治家や各国の大使など普通ではお話出来ないような面々ばかり。
オーナーは、マッカーサー元帥のヘアカットをしていたと言うのものもうなずけるお客様ばかりだった。
このおじいちゃんオーナーになぜか気に入られ、働く環境もよく技術の経験も積んだ。
フットケアのウオノメ取りや固い角質は、マスターがナイフで削るのを見て学んだ。
仕事も順調になりだした頃、私の父が海を見て余生をすごしたいから引っ越すと、しかも首にぐりぐりがあって物が呑み込めないと。もうお父さん早く言って…。

父は引っ越しの翌日に入院。
ひとりには出来ず、私も結婚を機に現在の住まい神奈川県横須賀市野比(のび)と言う聞いたことも行ったこともない所に引っ越した。
4名のお客様は知り合いのネイリストにお願いし、バーバーは週2日にして頂き、病院、介護の中ホテルに行くのが楽しく、気分転換もすることが出来た。
週2→週1→月2→月1→2か月に1日と、ひどい勝手も聞いて頂き、なんだかんだと3年お世話になりました(笑)
しかも私の結婚式の時の顔そりとえりそりは、おじいちゃんオーナーがして下さったのです!



横須賀は基地も近いし、外国人を沢山見ます。
しかも住んでるマンションの前1棟丸ごと基地に貸しているので、住人たちとハローと挨拶しているうちにこれくらいいいか?と気持ちも体もゆるーくなり。そう太ったのです。
家事や介護もそれなりに楽しんでやっていたつもりですが、やり始めていたネイル、都会とは異なる不自由さ、弱る父…。
言い訳だけどストレスで食べ、なんと20キロ太った。
こうなると鏡を見るたび落ち込み、自暴自棄になっていた。
が、ある時病院で出された父の食事を見て目からうろこが落ちた。
こんな量で大の大人が生命を維持できるんだと。
主人の生活習慣病もあったので食事に興味が湧き、通信講座で栄養の勉強をしてカロリーというものを知った。
結構いい成績で卒業、もちろん私も痩せた。

そしたらなんと25キロ減った!
RYOKO式ダイエットとして25ansに取材を受けて掲載されたけど手元に1冊も残っていない(どなたかバックナンバーあったら見せて下さい・笑)
当時カロリー調整のために使用していたダイエットビスケットの会社に感謝の電話をすると、
「本当にうちのビスケットで痩せたの?」とビックリされて、こっちがビックリ(笑)
そして体験モデルになってと言われ、女性週刊誌に載った私を偶然見た先生から、ネイルで雑誌に出て下さいと、おしゃるとうりです



しばらくネイルから離れ、太って痩せてといろいろあったけれど、父を見送るまでの5年間は私に必要な大切な時間でした。
この時がなければ、後悔、自己嫌悪になっていたと思う。
悲しかったけれども、何か大きな仕事をやり遂げたような気持ちでした。
だから37歳で海外コンペに出場しようと思ったのも自然の流れだった訳で、計画的に頑張ったとかずっと練習していたとかではなく、師からの1本の電話が自分の背中を押してくれたのだと思っています。

LAでコンペがあるから行かないかと電話を頂いた時、行きます!と即答したはいいものの、「フレンチスカルプって何?」というレベル…。
「真っ白いパウダーがあるんだ、へぇー」「スマイルライン???」って感じだった。

私のスクール時代、パウダーは歯科材料でしたし、ナチュラルが主流でした。
EZってメーカーのが良いらしいと聞いて買ったはいいけど、固まる…!!
固まるのが異常に早く感じる、食品サンプルのスパゲッティのフォークが浮いているあんな感じで固まるようだった。
当時はコンペホワイトしかなかったので、フレンチやったことがない人がいきなりコンペホワイトなのだから、ネイリストの方には想像ができるでしょう(笑)
32オンスのパウダーが2個なくなる頃、少しだけコツをつかんだような気がした。

海外の大会はわからないことばかりで、削ればなんとかなると出場したが、削ってもなんともならなかった。
あまりにひどい出来でスマイルラインもピンチもあったもんじゃなかった。
恥ずかしくて先生に見せられずに大会が終わってすぐに短く切った。
後にも先にも初めてです。
昼間見たディズニーランドのライオンキングのシマウマ踊りでごまかすしかなかった。

しかし、先生はなぜか優しく、楽しそうだった。
この経験は完全に私をやる気にさせた。
8か月後のNYを目標に、映画ロッキーのようにベルが鳴った。

ピンチのタイミングがつかめない、何か柔らかくてミクスチュアを乗せてピンチの練習が出来るものはないだろうか?と、訪れたホームセンターでこれ使えるかも?と購入したのは透明のビニールホース。
本当の使い道は何なんだろう、今でもわからない(笑)

スクールでチューブと呼んでいるホースはこの時に見つけたものです。
先日外部セミナーに出向いたとき受講生にすごく便利ですよと言われ、いろいろめぐりめって、沢山の人に重宝してもらっているとは、なんとも嬉しく不思議です。
最初はピンチだけの練習で使用していたが、練習ハンドのようにチップをつけてファイルも出来、簡単にチップも取り外せることがわかると、本当に手放せなくなった。
そして銀メダルを貰った。

ラッキーなことに、この大会80周年記念大会で1~3位までが金メダル、4~10位までが銀メダルで私は4位だった。
ちゃんとやれば結果はついてくるんだ、ちゃんと神様は見ているんだと、この時から「やる気があるんだかないんだか?」を卒業して、海外大会に出場していくことになる。

ある大会では大会3日前、わんこの散歩に近所の山に行くと、ぴょんぴょん飛ぶ跳ねるうさぎが通った。
その瞬間うさぎをつかまえ、離れたところにいた主人に「うさぎつかまえたよー」と言うと、
「つかまえてどうするの?」と冷ややかな声が。
そりゃそうだと我に返った瞬間、ウサギが暴れて逃げ、手が傷だらけで出血も…。
リキッドが触れない。
練習は諦めたけど、フレンチスカルプ1位だった。

またある大会の時は、1週間前友人と気分転換も兼ねて箱根へ行こうと、ロマンスカーの座席で待ち合わせ。
メールに夢中になっていて、目の前に自分に乗る電車が止まっていることに気が付かず、乗り込む時に膝においたストールが落ちた。
その落ちたストールに足を乗せすべって転び、捻挫…。
箱根湯本に到着するまでに、どんどん腫れていく自分の足をみてドキドキしていた。
友人には。「大丈夫、大丈夫」と言っていたが、大丈夫じゃない(笑)
結局、自力じゃロマンスカーから降りられず、駅員さんに車椅子で駅長室へ連れて行ってもらい、主人が迎えに来るのを待つ。

「だから送るって言ったのに」と冷ややかな声が。
「町田に送るのも箱根に送るのもたいして変わんないんだから、ちょうど家の駐車場に付いたころに電話だもんなー」
「だって、ロマンスカーに乗りたかったんだもん、そんなにそう思うんならどうしても送らせて下さいくらい言えばいいじゃない!」と無茶苦茶を言い…(笑)

友人を泊まるはずだった旅館に送り、私は病院へ。
骨折はしていなかったけれど、ひどい捻挫で足がまったくつけない。
大会3日前にやっと立ち上がれるようになり出場、デザインスカルプで2位を戴いた。


どうもアクシデントに燃えるタイプのようである。
そしてアクシデントではなく、落ち着きがないために招いた自業自得でかなりまわりに迷惑をかけている。

出場回数20回、入賞回数14回。


1年に多い時でも2~3回、年齢が重なると毎年1回のチャンスしかないから、出るたびに心の中でいつもこれが最後で引退しようと思っていた。
その分、集中力が高まったのかもしれない。
でも2位だったり4位だったりすると、これじゃ辞められないと、結局51歳まで出場してしまった(笑)

今年自分のファミリー大会を軽井沢で行うことにしたけれど、出ることにした。
主催・審査では物足りないので、出られる大会がないのなら作ろうと(笑)
審査は公平になるようにゴルフのようなハンデをつけて行うつもり。
自分の生徒に負けるのなら本望である。
でもアクシデントさえあれば、勝てるかもしれない…と、まだ思っている。

                        
Vol・3につづく
by ryokonails | 2011-05-03 14:29 | 情熱!ネイル大陸
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情熱!ネイル大陸 Vol.20
サロンオーナーネイリストに聞く!~はじめはみんな大変だった~



Vol.1 やる気があるんだかないんだか?

渋谷のNHKにほど近い神南に住んでいたころ、生活に不満があるわけでも、つまらないわけでもなかった。

22歳で結婚、毎日あっちの店こっちの店と飲み歩いてばかりいた。
帰宅途中にBARがあったのも理由のひとつで、若い女の子が一人で行けば知り合いも出来るし、飲み代には困らない。


家事は10歳からやっていたので、こう見えても結構完璧にこなしていたし、自由に使えるお金もなぜかそれなりにあった。
そんな若い主婦時代を楽しく過ごしていたある日、仕事人間だけど優しい夫から三行半を突き付けられた。

今は女性が男性に言うような感じだけど、江戸時代に男性が一方的に離縁を言い渡すときに書いた文章が3行半だから「みくだりはん」と言うらしい。
ま、そんなことはどうでもいいのですが、とにかく29歳春の出来事でした。


実家に舞い戻った娘を心配しつつも、父はなんだか嬉しそうである。
気持ちをすっきりさせるためには成田から飛び立たないと!と、南の島で遊ぶ出戻り娘を父はどうしたものかと思っていたかもしれない。

そして仕事は、知人の伝手でスポーツクラブの受付をすることになった。
スポーツとはまったく無縁の私、しかも随分と働いていないが、頑張るしかない。
仕事があるだけでもありがたいこと、そしてそのスポーツクラブで人生を左右する出会いがあるとは…。
受付フロントと同じフロアにエステがあり、エステティシャンの綺麗なお姉さんと親しくお話しするようになった頃、

「ネイルも始めたんだけど、今度大会があって出場するのでハンドモデルになっていただけないかしら?」

と声をかけていただいた。

ネイル、大会、モデル、未知の世界にドキドキ。
会場に行くと、綺麗な人が沢山いて、真剣な表情に引き込まれていった。
大会中いつもと違うお姉さんの真剣な表情、終わって顔を見合わせて楽しくて仕方なかった。

この綺麗なお姉さんこそ、中村富玖実先生、現在のネイリスト協会講師会会長である。
無性に自分もやってみたくなり、「教えてもらえるところはあるの?」と聞くと、その日に紹介して頂いたのが審査員をされていた仲宗根先生。

圧倒的な迫力、オーラって言うんでしょうね。
でも決して威圧的ではなく信念のような強さに、とにかく秒殺された。
後日体験教室に出向き、その場でスクール生になり、仕事も辞めた。
そのスクールは、スーパーネイル日本校と言い、現在のNSJネイルアカデミーの前身となったスクールです。

先生から見た出会いのお話を「ネイリスト仲宗根幸子」と言う本に書いて下さっていますが、活字になって自分のことが書いてあるなんて恥ずかしくもあり、ありがたくもあり…。
元気になりたい時、今でも読みます。
一人では何も出来ないけれど、見ている人がいると思うだけで頑張れると思う。
今では「涼ちゃん」と気さくに声をかけていただくこともありますが、私はいつも緊張してしまいます。
唯一大丈夫な時は飲んでいるときでしょうか?(笑)

お酒にまつわる失礼は数々あれど、まだこうして気にかけて頂くことのありがたさ。
母のような姉のような、一つの出会いがこんなに長いお付き合いになるなんて、人生は不思議です。



スクールに通いだした後は、くっついてよく飲みに行きました。
授業は楽しいと言うより必死、しかしアフターで聞く大人の話は楽しくて、おかしくて、ここのスクールでなければ、やる気があるんだか?の私は途中で挫折していたはず。
今自分のスクールの基礎になっている。
ある日のスクールで、

「恵比寿のエステでネイリストを探しているから働きませんか?」

とお話を頂く。
まだ授業が進んでいなく、スカルプ数回やったくらいと言うことは先生が1番わかっているはず、なのに私に声をかけてくれたのだからと「はい」と返事していた。


初めてのお客様は、今でもはっきりと、お洋服からお名前まで記憶している。
真っ赤なロングスカルプチュアのお直しをして白パールを塗ってって!!!!!!!!
そんなぁーフィルインなんてまだ習っていないし、しかもネイリストは私しかいないのに?
…私はピンときた。
これは先生が私を教育するために頼んだお客様だと。
お店の電話を借りスクールに連絡すると(携帯はない時代なので、進んでいる人でポケベル。懐かしい(笑))、電話口の先生は、

「やだー私そんなめんどくさいことしないわよ」

確かにそんな人である。
電話で要点を教えてもらい、何とか施術を終えた。
お客様は数日してまた来てくださった、本当に嬉しかった。
こうしてぶっつけ本番で技術を習得しつつも、数か月が過ぎたある日、やせ細って元気のない私に先生から言われた言葉。

「合わないのなら辞めたらどう?、合う合わないは人によるし、体壊してまで一つのところで頑張る必要はない」

泣きそうだった。この経験も今のスクールの基礎になっている。
仕事を辞め、人間関係の呪縛から解かれ、元気は取り戻したけれど、はて仕事がない。



当時ネイルサロンは数える程だったので、きっと勉強にもなるはずとエステの仕事を探し、面接で私を採用しないと貴社は損をする、いつかネイルが必要になった時に必ず役にたつからとぶちまけた。
31歳どこまでも上から目線である。
しかしなぜか採用してもらえた。

エステの勉強を6か月みっちりさせて頂き、働きだした頃に麻布十番のお店へ移動。
ネイルが必要になったからである!!!
さてやっとネイリストとして働きだした頃、先生から1本の電話が…。
ドキドキする、今度はなあに?

「コンペティションに出ませんか?」

基本的に師からの声かけには断らないと決めていたので、もちろん即決。
私によかれと思って声をかけてくれているはずだから。
しかしネイルから遠ざかっていたし、どこから手をつけたらいいのやら…とにかく練習するしかない。
お店の協力で仕事が終わってサロンで練習させてもらうことに。
そのまま朝までなんて日もあった。



練習に煮詰まったある日、ふらふら飲み歩いていた時代の友人が六本木でBARを始めたって言ってたなあと思いだし、出向くことに。
一人でぼーっと飲んでいると、友人が「カウンターにとってもいい人がいるから紹介するよ」と。
ふとカウンターを見ると、なにやらほんわりした熊のような男性が。
今まともにお話しする元気がないと断ったけれど、どうみても癒される。
それが今の主人です。
ひなちゃんとよんでいます。
プールでのデートで、水に塗れた頭をみて、

「きゃあー気持ち悪いー鳥のひなみたい」

そこからついたあだ名です。
今では時々、自分でもひなと言います。
ちなみに私は鳥が大嫌いです(笑)


ネイルの世界に引き込んでくれたフクミちゃん、人生の師となった先生、ひな。
大きな3つの出会いがあって、初めてのネイルコンペティションに向かうのであった。

Vol.2につづく…
by ryokonails | 2011-04-30 18:33 | 情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸☆
情熱ネイル大陸をご覧の皆様こんにちは小橋涼子です

このblogは今からネイルをお勉強する方や、サロンオーナーになりたい方々にご覧頂いております。
先生の始まりはと良く聞かれますので、自分で自分のこと書くの難しいのですが…
ネイル歴が長いので一話完結できません(笑)

Vol.1 やる気があるんだかないんだか?

Vol.2 アクシデントが楽しい海外大会

Vol.3 ひょんなことからスクール講師に

Vol.4 四谷校開校、サロンオーナーに

Vol.5 そして今

きっと皆さん「なぁんだこれなら私もサロンオーナーになれる!!」って思いますよ(笑)
by ryokonails | 2011-02-28 12:51 | 情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸♪
情熱!ネイル大陸 Vol.19
サロンオーナーネイリストに聞く!~はじめはみんな大変だった~


代官山でエステ&ネイルサロンオーナーの濱坂まゆみさんにお話を伺いました


美術大学でグラフィックデザイン写真科を専攻していた濱坂さん。

この時は今の美容の仕事をするとは全く思わず、アシスタントとしてF1のカメラマンの事務所で働き始めたそうです。
しかし、この時の先生が何を思ったか第一線から身を引くと…

仕事に困った時、学生時代にアルバイトをしていたTIFFANYを思い出し就職することに。

高額商品の接客は学ぶことも多く、4年の月日の中で人と接する事、販売だけではなくもっと関われる事…。
もともとマッサージやエステが好きで、お客様としていろいろなサロンに行くうちにやりたくて堪らなくなったそうです

決めたら早い濱坂さん。
情熱ネイル大陸で何人にもお話を伺いましたがどの方も決断、実行がものすごく早い(笑)
すぐに退職願いを出し、知人のエステサロンで修業の日々
収入が10の1になって実家には迷惑かけたけれど、やりたい事が見つかった事と未知への世界の希望でワクワクしていたそうです

しかし売上のノルマ、形のない物の販売に疲れ、身体に支障が…
その時新しく始める化粧品会社の誘いもあり、やっぱり好きな美容の仕事は辞めなかったそうです。
しかし中途半端な知識ではなくキチンと向き合いたいと、エステティックの通信講座を取りながら、興味のあるエステサロンを渡り歩き、沢山の場所で働きながら実践で学んだそうです

そしてやるならば自分の城を作らなきゃと
自信も何も無いけれど物件探しに奔走し、代官山のマンションの一室でオーナーになった



始めた頃はお客様が帰ると、自分がお金を頂いていいのかな?と何だか自然に涙が溢れる日々だったそうです。
「ネイルはどうして?」と伺うと、ジェルネイルが流行り始めた頃、お客様の要望がありネイリストに来て貰いサロンに導入したそうです
しかし自分の施術ではないので、お客様に責任が持てず、やっぱり自分でやるなら学ぼうとネイルスクールの門を叩きます。

また未知の世界に魅了されながらネイルの奥の深さ、小さなキャンパスに描く世界。
エステと通じる土台作りのネイルケア。
一目で良し悪しが見える事やお客様の反応。
エステもネイルも同じ美容だけれど…。

もっと上手になりたい一心でコンペティションに出場しJNAのアジアフェスティバルJr.部門ネイルケアで見事優勝!!


そして少しづつネイルの比重が多くなったそうです
でもエステ・ネイル・まつげと女性を美しくする事がコンセプト、だから新しい事に挑戦しつつ自分の城を守りたい
今はどっちも大切と、一人で頑張っています

RYOKOネイルズとの出会いは、実家近くのネイルサロンをやっていたのがRYOKOネイルズの卒業生で、
ネイルを習いたいのならご紹介しますよと言われて
「RYOKO」という名前を覚えていてネットで検索してくれたそうです
10年近くたった何とも不思議な巡り会いですね

夢は願えば叶うと言うけれど、出逢いは覚えていれば叶うですね(笑)

アジアフェスティバルで優勝、もしかしたらエキスポもJr.で優勝を狙いたい?
でも一度認めて貰ったのだから、次のステージに行かなくちゃと、今はプロの壁の厚さと戦っているそうです。
大丈夫、学ぶ心があれば必ず叶うはず
練習の過程やモデルさんの協力、そのすべてが楽しいとおっしゃいます。
スタッフは入れないの?一人では大変でしょうと伺うと…

「一人がいいと言うより人と関わる事が好きだから今は忙しいけれど楽しいんです。」と

お話を伺って生涯現役を貫いて欲しい方だなぁと改めて思いました。
お店を経営することの大変な一つに人を使う、育成することがありますが、
馬には乗ってみろ、人には添ってみろ
という諺にあるように初めてわかること、また人として違った意味で勉強させて頂くこともわかっている人だから、いつか形が変わってくるやもしれませんね

また未知のワクワク、ドキドキを求めて永遠に輝いて下さい



そんな濱坂さんのいるサロンは…

代官山にある隠れ家的なエステ&ネイルサロン
代官山MEME(だいかんやま めめ)

HP http://www.geocities.jp/maison_meme/
blog http://ameblo.jp/meme3939/
ご予約 090-9975-7150
by ryokonails | 2010-12-21 13:21 | 情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸♪
♪情熱ネイル大陸
サロンオーナーに聞く!
~始めはみんな大変だった~
vo.l18
今回のオーナーさんは二人で始めたネイルサロン[ジュレ]さんにお話を伺いました。

一人では大変な事も二人なら乗り越えられる、しかし意見の相違は必ずあるものです、理想だけれどとても難しいもの
でもこのお二人は…♪巡り逢う奇跡としか言いようのないくらい波長が合って信頼関係を築いた数少ない例ではないでしょうか

そもそもは働いていたサロンが同じで先輩後輩の関係だったそうです
それも店長と新人!
お店は楽しかったけれどなんとなく[一緒にサロンをやろう]と
決めたら早い二人
まずは物件探し!
不動産さんは何件も回ったけれど内覧して決めるのは速かったらしい(笑)
決めたポイントを伺っても特にないとオーナーさん(笑)
大丈夫この二人(笑)
場所は始めから恵比寿に決めていたそうです。
物件を探すまでは二人で沢山話したり一緒にいる時間も沢山あったそうですが…内装を決めたりお店作りは誰、サンプルやホームページは誰と担当を決め、それに向けて個々に動いたそうですその間一切相談はなし[そこがすごい!!]普通ならお店のロゴデザインや色、内装など一番時間のかかること、
でもホントに一切相談なしだったそうです
資金も半分利益も半分もめたことは一度もないそうです。
備品はお二人の友人知人の助けを借りて随分頂いたそう

だから大変と感じることもなく、短い期間でオープンとなったそうです
普通なら意見の相違があることもお互いが[まかせた]ことには口を出さない
これが上手く行くコツなんですね
あっという間にお客様がついて、しいて言えば明るいオーナーと控えめなオーナー
このコンビがまたいいんですね
二人の役割も落ちついた頃
やっとスタッフを雇う事ができたそう。
お話を伺っているとこの相方とこのスタッフでなければ絶対に無理だったと、力強くハッキリと仰いました!

今後の目標は…
もっともっとお客様が沢山いらしてくれると嬉しいなーとそして今まで勤めたどのサロンでも上司に恵まれずあまりいい思いをしなかったからスタッフを大事にしたい
もし辞めることがあっても気持ち良く送り出してあげたいと
そんな素敵な二人のオーナーさんとスタッフのいるお店は…


ホームページはこちら
RYOKOネイルズとは目と鼻の先のライバルサロンですが(笑)是非お立ち寄り頂けると嬉しいです
私も行っちゃおっと思って先日予約の電話したら一杯だった
今度は早めに予約しまぁーす♪
by ryokonails | 2009-05-23 16:42 | 情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸♪
サロンオーナーネイリストに聞く!~始めはみんな大変だった~
vol17



今回の情熱ネイル大陸は初めての海外編ベトナムで活躍しているMegumiちゃんにお話を伺いました
東京のテレビ局などでヘアー、メーク、ネイルの仕事をしていたMegumiちゃん
キャリアを重ね仕事としては波に乗っていた12年前
ある時ほんとにふっとあんまり日本人同業種のいない場所でやってみたいと…漠然とベトナム行きを考え始めたそうですベトナムにお知り合いがいたの?と伺うと、まったくとMegumiちゃん(笑)
まずは海外滞在資金を貯める為にアルバイト探し。。。
どうせ働くならとベトナム関係の仕事を探し、たまたま読んだ本で見つけたベトナム人オーナーの経営するベトナム料理店で面接「資金ができたら辞めてベトナムに行きます」と宣言したら社長が気に入ってくれたそうです(笑)午前は社長秘書、夜はレストランでアルバイトを始めて6ヶ月後、初めてのベトナムはオーナーの仕事を手伝うという名目で行き帰りはツアーガイド、滞在中はベトナムの美容室などでヘアーメイクのデモストレーション(その時に社長が用意してくれたホテルで今のご主人との出逢いが…)
その10日間の滞在でベトナム長期滞在の気持ちがさらに強くなり帰国後1ヶ月また、ベトナムに戻ったそうです。
半年の予定だったので準備金は2000ドル午前中はベトナムホーチミン総合大学でベトナム語の勉強、夕方から日本食レストランでアルバイトをしながら少しずつ知り合いも出来ハウスコールでヘアカットしたりネイルしたり。それと同時にベトナムのTV、雑誌、広告用のヘアーメイクの仕事も始めたそうです
時には日本から撮影に来るクルーの仕事を手伝ったり、通訳やコーディネートから雑貨の買い付けまで出来ることは何でもやりましたとMegumiちゃん
そのうち人つてに日本の大手化粧品会社の方と知り合うきっかけが出来化粧品のアドバイザーもやったそうです。
今では想像できないくらい切り詰めた生活をしながら貯金をしてまずは自宅購入(8年前)凄い(笑)

その後友人のレストランオープンの際にそのお店の一画を借りてネイルサロン『Dress Up Room GO!GO!』をオープン

ある時お客様からヘアーカットは出来ないの???と。。。もちろんできますとも(笑)そっちの方がキャリアが長い
気がつけばすっかりヘアーサロンとして忙しくなっていたそうです
ネイルサロンとして借りたので小さすぎたため、もう少し大きな場所へ移転もしたそうです
日本と同じ感覚でお客様に配った手作りライター

日本が嫌だからでもなく、日本でのヘアーメイクの仕事が嫌だからでもないけれど、ベトナムでヘアーメイクをしていることが不思議ですね
昨年ご結婚、ベビー誕生としっかり地に足をつけ、今しばらくは子育てを楽しみたいと…
もともと自分で施術をすることが好きなのでスタッフを1人も雇っておらず今はクローズしたそうですが[これからは普段メイクをしない人が多いベトナムの国で
ヘアーメイク、ネイルの楽しさを伝えていけたらと考えています]
できますよ、もちろんMegumiちゃんの行動力があれば(笑)
ベトナムに来た事を今はどう思いますか?と伺うと
[よく海外で仕事をしていると『挫折』したことはありますか???って聞かれます。大きな挫折をして復活してる方が話としては面白いものになるのでしょうけどね。。。
でも、この12年間私自身『挫折』をしたと思ったことは一度もありません。
きっと何が起きても挫折した~と悩んでるヒマがなかったのだと思います。
毎日毎日が戦いで。。。
たまに、この国に来てなかったらどんな人生を送っていたのだろう???と思うことはありますがこの国に来たこと、今の人生に後悔はありません。
お陰で新しい命に出会えたのですから。。。
今ではベトナムにも沢山友人が出来その人たちに助けられながら楽しい毎日を過ごしています♪]

海外に住みたい、働きたいと思っている人はたくさんいるけれど、紙の上で考えているよりまずは行ってみないと始まらないですね
こんなに長くベトナムにいる予定ではなかったMegumiちゃんも家族が出来てやっと日本の実家の部屋を片付けに戻るらしい(笑)
って言うかおそっ!
ご主人との馴れ初めを伺うと…
んーつくづく赤い糸ってあるのねと思います。Megumiちゃんはベトナムシルクの赤い糸ですね

お店のドアはご自宅のリビングにとご主人が付けてくれたそう!

このドアを見るたび思い出すことが沢山あるのでしょうね
扉の向こうにお客様や生徒さんが沢山集まりますよきっと♪
by ryokonails | 2009-03-15 12:35 | 情熱!ネイル大陸
情熱!ネイル大陸♪
ご自宅でサロンをされている荻津さんにお話を伺いました
ネイルスクール卒業後就職も決まって、さぁ!!ネイリストとして頑張るぞと張り切っていた時、車のデザインをされているご主人の海外転勤が決まり、悩んだ末一緒にスペインに行くことに…
ス、ス、スペイン?確かヨーロッパパエリアしか浮かばない(笑)

知り合いが一人もいないスペインでの生活も日本人会やご主人の仕事関係の奥様や少しづつ知り合いも出来て、日本でネイルの勉強をしていたと話すと皆さん[やって、やってー](笑)と
[ボランティアでもいい練習が出来ればいい]とほぼ毎日のようにネイルをしていたそうです
もちろんフラメンコも(笑)
この時本当にネイルを習ってよかったと思ったそうです
所は違ったけれどサロンデビューをスペインで始めた荻津さん
一年程して日本に戻り言葉がわからないスペインで出来たのだから日本なら大丈夫と自宅の一室をサロンに…

ずっと飼いたかったわんこもいるし…
名前は[ガウディ]スペインにいるときから決めていたそうです
決してガウガウ言うからではありませんアントニオガウディのガウディですと荻津さん



今後の目標を伺うとコンテストもたくさん出場したいし、サロン出店、自分が習って本当によかったと思えるからいつかスクールもやってみたいと…
只今RYOKOネイルズで週1日だけ修行中!


《ネイルサロンHABITAT(アビタ)スペイン語でお部屋という意味です
自宅サロンという小さなスペースでしかできない、くつろげる空間を実現したくて名づけました

HPはこちら
ブログはこちら
情熱ネイル大陸を見てご来店頂いた方には、初回20%オフ割引させていただきます
ありがとうございました


by ryokonails | 2009-01-25 13:46 | 情熱!ネイル大陸
情熱ネイル大陸♪
サロンオーナーネイリストに聞く!~始めはみんな大変だった~
Vol.15


美容室やエステの中でネイルをされている方は沢山いらっしゃると思います
今回の情熱ネイル大陸は…
阿佐ヶ谷の個性的なBAR CLIMAXの中でオーナーになった美絵ちゃんにお話を伺いました。


当校卒業後、恵比寿サロンでスタッフとしてネイリストデビューしたRYOKOネイルズ純粋培養ネイリスト(笑)の美絵ちゃん

恵比寿サロンを卒業後、大手サロンの就職が決まりかけたある日ご主人の友人からBARでネイリストを探しているとのお話が…
しかし大手サロンが決まっていたのでお話が流れてしまったそうです。

サロンは接客=スピード=施術料=収入、あたりまえのことだけど…
殺伐とした中で得られるものは何だろう?恵比寿サロンと大手サロン、あまりに違い過ぎる環境に気持ちがついていけず
何か自分に合った仕事のスタイルはないだろうか?と、一度なくなりかけていたお話を復活させて頂いてBAR2階のソファー席でオーナーネイリストになったそうです

深夜であること、BARの中???がいっぱいで不安もいっぱいだったけれど個性的なお客様が集まるお店の雰囲気が素敵でオーナーの考え方にも共感し、自分で役にたつのなら…
カウンターではなく空いている空間があるので自由に使っていいと願ってもいないお話に感謝しつつ、BARとネイルの融合を何年も前から考えていたというオーナーの柔軟さに驚きつつ

慣れない深夜に体が慣れた頃少しづつ予約も入るようになったそうです。
BARからのお客様だけでなくネイルのお客様がBARにも行くと言う効果があったりすることが嬉しいと…
全て自分一人でやることは大変だけど材料一つ選ぶ事も本当に楽しいと…自分の仕事のスタイルを見つけたんですね

これからの目標を伺うと
[純粋培養がどれだけ恵まれていたのか、外に出てひしと感じました。たくさんのご縁に感謝しながら、夜な夜な頑張ります!
夜21時からの営業です。遅い時間に行けるサロンをお探しの方、お酒の好きな方 CLIMAXでお待ちしています!情熱ネイル大陸を見た!と言って頂ければ全メニュー20%OFFで施術いたします。]

HOKURI

たくさんの優しさに触れ経験を積み益々ステキになった美絵ちゃんが皆様のお越しをお待ちしています!!
私も行きます、だって美絵ちゃんを独り占め出来てさらに飲める(笑)

次回の情熱ネイル大陸は…2009.1/末頃を予定しています。来年もまだまだ続きます!
by ryokonails | 2008-12-22 15:41 | 情熱!ネイル大陸